06 January

正月時代劇「新選組!!土方歳三最期の一日」

正月時代劇「新選組!土方歳三最期の一日」、山本耕史さん言うところの「演じきった」ではないですが、「観とった(看取った)」という感覚で拝見させて戴いたように思います。
続編のニュースを聞いたのが約半年前。余命宣告を受けたようなもので、お陰さまで神妙に「その時」を待てたように思います。
心の片隅に残る喪失感を今だ抱えている状態ですが、一種の清々しさも残るドラマでした。
自分に終止符を打つためにも、続編の感想を持って最後とさせて戴きたいと思います。

●正月時代劇「新選組!土方歳三最期の一日
雲の下にうっすらと透けて見える五稜郭の灯り…。
亡き近藤が土方を忘れられず気にかけているかのような、そんな愛おしさを感じる光景でした。
いきなり戦闘から始まるオープニングが本編の「新選組!」を彷彿させて素晴らしかったです。
部下と兵糧を奪いに行く土方と、五稜郭内で降伏を待つ榎本たちの対比が上手く描かれていたように思います。
不敵な笑みを湛えながら「誠」の旗の周りを取り囲む土方の、また格好良いこと。
一瞬、この人は死なないのではないかと思ってしまうくらいでした。

物語は五稜郭内を中心としたディスカッション劇と言われていましたが、舐めまわすように映し出された五稜郭内に圧倒されてしまいました。これをスタジオ内に作ってしまうスタッフ陣に脱帽。まるで自分が五稜郭内を歩いている錯覚に陥るほどでした。
そして物語の要とも言える、榎本、大鳥、土方の描かれ方。

一番騙されたのは、榎本武揚でした。
余りに緊迫感のない登場(扱い方)にヒヤヒヤしながら(←もうこの時点で騙されているわけですが)、想像以上のキャラクターを与えて下さった榎本。土方と一対一で本音をぶつけ合う下りは本当に素晴らしかったです。
何よりも、本音と建て前をぶつけ合う度に垣間見る“江戸弁”が見事でした。野田さんの勝海舟といい江戸っ子好きには堪らない演出です。
上方歌舞伎のホープ片岡愛之助さんはバリバリの大阪人で大変苦労されたそうですが、この江戸弁によってドラマではなんとも憎めない腰の座った男として見事に演じきって下さったように思います。
それにしても榎本の台詞がなんとも言えず格好良かったですね〜。
「あんた、死ぬ気なんだろ。戦でな。」
っく〜!クサいけど痺れます。まるで「あんた、あの娘の、なんなのさ。」(BY横浜銀蠅)くらい強烈でした。…すみません分からなくて。かと思えば、軍議の際土方に笑われる榎本…確かに年下だ、だけどもこんなに可愛くて良いのかっ(笑)!!私の中でかなり榎本株が浮上しつつあります。

実は土方も大鳥に対して砕けた言い回しをしているのですが、一番のお薦めは怒り狂う大取りに対して見下すように吐いた言葉「いってくるわ」。っく〜!直接言われたら腹立つけど、格好良いので許します(笑)。

前半、土方は部下に慕われる陸軍奉行並として旧幕府軍に君臨していながら、五稜郭内では“蚊帳の外”というか、京都時代からの島田たちにも甘えを見せないところがなんとも切なかったです。近藤が広島遠征中で不在だったときの不安定さ孤独感を感じずにはいられませんでした。
それでも永井には自分の想いを述べる土方。彼は近藤を率いて広島へ交渉をしにいったほどの人物で、西国の動きや幕府の現状を知り尽くしていたと思うのですが、新政府軍に背を向け敢えて旧幕府軍についた、腰の据わった人物だったように思います。
降伏に断固異議を唱える土方に対して、「いいじゃないか」と諭す場面は、なんだか観ている私たちにも不思議な安堵感を与えて下さいました。
このとき初めて土方の「生きてきた理由」が明らかになるわけですが、なんとなく分かっていたつもりでも、土方の言葉として聞くと、なんともいえない気持ちになってしまいますね。
それまで、日本人固有の「語らぬ美学」によってベールに包まれていた思惑がここで一気に爆発するわけですから、観ているこちらも胸ぐら掴まれるほどの衝撃でもって土方に感情移入してしまいました。
これとは対象的に最後の最後まで本性を見せてくれなかった大鳥。彼の一生懸命さというか、滑稽さが反対にとても切なくて、なんともいえない気持ちになってしまいました。
こうした新しい国を目指していた榎本と、戦いのみに没頭した大鳥と、近藤亡き後死に場所を求めていた土方の心のズレが、成立し得なかった旧幕府軍の現状を象徴しているようで、それ故に最後にそれぞれの想いが一つに固まる瞬間には感動を覚えました。

また、この物語で試衛館時代の回想シーンが出てきますが、これはもうファンサービスと受け取っています(ありがとうございます)。
本編の「鬼」に対して、続編は「鵺」がキーワードとして回想に登場してきましたが、この鵺、山南と土方の関係を語る上で上手く描かれていたように思います。
「鵺」というのは、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似るという伝説上の妖力をもった怪獣で、本編の「鬼」を差し置いて何故今更これが出てくるのか不思議だったのですが、「鵺」=烏合の衆=薩長軍に、「人間」=自分たちが勝つという、「人間が一番強い」と論じた山南の言葉に願いを込めた、という展開が嬉しかったですね。

こうして次第に新選組時代の近藤や山南との信頼感が、榎本と大鳥に受け継がれていく下りも嬉しかったです。
反発的で孤独だった土方がやっと信頼できる同士を見つけ生きる目的を再確認した、そんな瞬間でした。

ただ相馬の問いに「真の武士だ」と言った言葉。これは反対に言葉にしなくても分かった気がします。山南と土方は言葉では説明しなくても分かる関係であり、他人に喋る必要もなかったのではと。「鵺」と「人間」で充分だった気がします。
今回のドラマはラジオ劇のような特色をもっているような気がします。
状況や心理がすべて「言葉」で表現されている、とでもいいましょうか、少し補足説明的な部分を感じずにはいられませんでした。
因みに本編からの居残り組(笑)、島田と尾関。
尾関はともかく、島田の駄々っ子ぶりはどうよ!とびっくり(笑)。
顔に刀傷まで負って蝦夷を北上した男がです!嫌がる?土方にしがみつく島田。
本編より感情を表に出すようになったというか、この人、近藤さんがいないことをよいことに土方さんにべったりです(笑)。
でも、この顔に傷をみると、山崎の最期を思い出していけませんね…。
同じ監察で同じように顔に傷。山崎の遺志を背負っているようで切なくなってしまいました。鉄之助に写真を託す場面でも、山崎の最期に流れていた音楽が流れ涙。山崎だけでなくこうして至るところに「新選組!」の思い出が隠されていて、そこに触れるたびに懐かしいような寂しいようななんともいえない気持ちに引き戻されるのでした。

そしてエンディング!!
個人的に、土方が銃弾に倒れ近藤が迎えに来た時点で、それを打ち切るように鉄之助のエンディングに持っていって欲しかったです。
五稜郭や弁天台場の場面で、せっかくの近藤との再会が邪魔された気がして…(笑)。
ここはもう「土方が近藤のために最期を遂げたドラマ!」にして欲しかったです(勝手ですみません!)。
鉄之助が大草原を駆けてパタッとコケる場面は「大草原の小さな家」のオープニングのようで、とても爽快でした。土方の写真を慌てて懐にしまうところなどなんとも切なげて、これからの過酷な道のりを思うとなんとも言えない気持ちになるのですが、どこか爽快な気分を私たちに残してくれる、そんな本編での「光」を感じさせてくれる最後でした。

三谷さんは続編放送が発表されたとき、本編とは較べものにならないくらいダークな作品と仰っていました。
私はあの本編に垣間見た「半分人間を捨てた」土方を想像していたのですが、あの時のようなミゾオチがキリキリ痛むような感覚は蘇りませんでした(ちょっと期待していたのですが…笑)。
今回の続編は土方自身、箱館で終わらせる準備が出来ているので、そういう意味で悲観的にならなかったのかもしれません。
むしろ自分の最期を見極めている人を安心して看取るような感覚でもって最期を見届けさせて戴いた気がしています。

今書いていて思ったのですが、三谷さんのドラマを語るとき、何故かいつも人間観察になってしまうようです。
三谷さんの中で人物像がドラマの中にはっきり現れているからだと思うのですが、それ故に強烈な印象で持っていつまでも記憶に残る作品になってしまうのだろうと思います。

そして最後に、土方の孤独を描きながらも、本編の時の「光」を絶やさず「描ききって」下さった三谷幸喜さん、この2年間(三谷さんはもっと長い間「新選組!」に携わっていたわけですが)本当に楽しませて戴きました。
今は「もう新選組の“新”の字も見たくねえ」状態だと思いますが(笑)、また幕末が恋しくなったら、いつでも戻ってきて欲しいと願っています。
それまで冬眠しながら「新選組!」「新選組!!土方歳三最期の一日」を大切に守っていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

追記:ドラマの中で強烈なインパクトでもって私たちを魅了してくれた流行語大賞「ろまんち♪」←注:ひらがなね
私の中では、(注:永井さまの声で)「ろまんち♪だって…いいじゃないか!」という台詞が頭の中をぐるぐる、そして「ろまんち♪」な榎本と土方がサンドウイッチとワインを持ってぐるぐるしております。
当分の間、この二人の「ろまんち♪」が喪失感の穴埋めをしてくれそうです(笑)。
ありがとう(泣笑)♪

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12 December

第49話「愛しき友よ」

最終回。近藤はじめ多くの人々の”生きざま”が織りなされた、素晴らしい終末でした。
もう少し夢のような世界に浸っていたい気持ちですが、私も前に進まなければならないので(笑)気持ちを切り替えるために最後の感想を書かせて戴きたいと思います。


三谷幸喜さんの描かれる大河「新選組!」を観て、今まで自分の中で不透明だった近藤勇像が確固たるものになりました。
あの土方が生涯を尽くし支えたほどの男・近藤…大河で一番注目していたのは、そんな近藤が如何にして自分の最期を選択するかということでした。
土方との別れも、加納や有馬に対する行動も、思えば「新選組!」の近藤だからこそ貫くことのできた選択だったのかもしれません。ドラマが始まった当初、あまりに純粋すぎる近藤像に対して賛否両論ありましたが、そんな近藤に相応しい最期だったのではないでしょうか。

信念を貫き、信頼の上に立ち、どこまでも純粋な近藤を観ながら、いつしか自分もそうありたいと、まるで届くことのない大空を仰ぐかのように近藤を追っていました。
そして”きらきら光る青春群像劇”を、懐かしく目を凝らしながら観ていたように思います。

最期の言葉「とし…」。
この言葉を聞いて私は、本当に本当に本っ当〜に心臓が止まるかと思いました(汗)。…というか全く予想もしていなかった名前に心臓バクバク…(笑)。「いいのですか?”とし”で本当にいいのですか?」と、なんだか聞いてはいけない人様の告白を聞いたかのようにテレビの前でオロオロしてしまいました。実は今でもその時の近藤の心情を冷静に分析することができないでいます。
こんなことを書くと、お前は「新選組!」の一体何を観てきたのだ、近藤と土方の信頼関係は不滅と言ったのは嘘だったのかと言われそうですが、これはきっと苦楽を共にした「愛しき友」にしか分からないんじゃないかと思っています。もう「信頼」という言葉すら霞んでしまうというか…彼らは私たちの想像もつかない遙か遠くの世界で繋がっていて、私たちはそんな彼らを眩しそうに見送っているだけのような感覚…とでも言いましょうか。私たちが入り込めないような境地があったのではないかなと思っています。

あの刑場の柵を境に、私たちはふでさんやつねさん達の側でもって近藤と新選組にエールを送り、キラキラとこの世の終わりを告げる人間=近藤を見送っていたように思います。

あの最期の場面はまさに、私たち視聴者(観客)をも巻き込んだ舞台そのものだったのではないでしょうか。
画面上の近藤は、まさしく舞台に立ち「新選組!」を演じきった香取さん。そして、私たちは多摩の人々と同化し「よくぞここまで頑張って下さいました。」と近藤を胸を張って見送ることができたのです。
名残惜しみながらも、達観したような、なんとも不思議な感覚に襲われました。

歴史は、多くの名もなき人間の人生によって紡がれたものだと思っています。
教科書や参考書にはない、私たちの想像もできない生きざまが、きっとあるのでしょう。
今回の大河ドラマ「新選組!」は、そんな、儚いけれども無限に拡がり受け継がれていくであろう”生きざま”を、私たちに届けてくれたように思います。
本当に、このドラマに出逢えてよかったと思います。

これから皆さんそれぞれの道を歩むことと思いますが、名もなき私たちが、2004年という一つの時代を大河「新選組!」を通して共有できたことを誇りに思いたいです。
また、いつかどこかでお逢いしましょう!
ありがとうございました!
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05 December

第48話「流山」

今回はなんといっても、香取さん演じる近藤の表情が印象的でした。
一年以上もの間「新選組!」を模索してきた三谷さんと香取さんだからこそ表現できた、最高の場面だったと思います。
賛美歌のような曲「やすらぎ」も後光が射した近藤と相まって、観ていて心が洗われるようでした。
これが近藤勇本来の姿だったのかもしれませんね。
加納でなくても平伏してしまいそうになりました。

流山での一連の行動は、土方との意見の食い違いがあったとか、戦意喪失したからだとか、上手く切り抜けられると見誤ったとか、いろいろな解釈がされてきました。
特に土方ファンにとっては、かけがえのない友(近藤)を救えなかったという事実に縛られ「流山」と聞くだけで悶々とした気分になったものです。

今回の「流山」は大河「新選組!」に生きてきた近藤ならではの展開で、目からウロコが落ちる思いでした。
窮地に追い込まれても、決して自分からは「生きる」ことを諦めない近藤と土方の行動は、観る側にとっても救いでした。
新選組ファン以上の愛情を注いで近藤勇を描ききって下さったことに感謝しています。
三谷さんが幕末研究に携わってこのような解釈をされて下さっていたら、私も流山に対して悶々としたイメージを持たなくてもよかっただろうに…と(個人的なことではありますが)ちょっと思ってしまいました(汗)。

また、今回強烈な印象を与えて下さったのが、有馬藤太を演じる古田新太さんでした。やや時代遅れにも見える彼の朴訥さ、剣に掛ける想いは、「武士よりも武士らしく」生きようとした近藤と重なって見えました。
特に、背中合わせに語る場面は圧巻でした。互いの立場を弁えた上で、それぞれの生き方に敬意を表している…というのが美しかったです。
当時、薩長や会津など各藩ごとの関係は緊迫していましたが、藩を超えた個人の関係は尊重されていたように思います。
関係は敵味方でも、同じ人間として「膝を交えて」語れば、身近に、そして愛しく感じることもあったのではなでしょうか。

(話はずれますが)よく、「話せば分かる」という言葉を聞きますが、これは”銃”ではなく”剣”の世界だからこそできるものだと考えています。
(基本的に戦う行為はいけないことですが)銃のように遠くから相手を撃つ行為は、相手の声も痛みも感じない行為だと思います。
剣はその点相手と一対一で勝負できると同時に、場合によっては自らの命をも危険に晒しかねません。いつのときも命がけで相手と向き合わなければならないわけです。
時代劇が斬る行為以上に人道的なイメージを与えるのは、こういったことなのかな、と近藤と有馬のやり取りを観て思ってしまいました。

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28 November

第47話「再会」

今回はタイトル「再会」に救われたと言いましょうか、東へ敗走する新選組にとって多摩での再会は心温まるエピソードでした。
特に5年ぶりに再会した沖田とおみつを見て心底よかったと思いました。
それにしても多摩の人々は観ている私たちにも元気を与えてくれますね。個人的に小日向文世さん演じる佐藤彦五郎が大好きなのですが、相変わらずお酒に呑まれているところがいい味出してました(笑)。また総司の労咳のことを知らないというのが泣けてきますよね。彦五郎さんみたいな人ほど、本当のことを知ったときのショックって大きいと思うんですよ。
彦五郎さん、本当に大好きです。

そして、なんといっても近藤勇と勝海舟の場面。特に近藤の姿勢には心打たれるものがありました。
あまりに静かな承諾…この時点で死を覚悟したのでしょうか。全てを悟りながらも、勝の条件を受け入れた姿に近藤の深い信念を感じずにはいられませんでした。
体よく葬り去ろうとした勝の思惑も、近藤の引き際の美学によって、がらりと変わりました。
野田さんのあまりのブラックぶりにまんまと騙されるところでしたが、最後の「悲しい目」の下りで救われた気がします。
以前から、野田さんの勝に注目していましたが、なんといっても全てを物語る目が印象的です。
時代を見据えたクールな部分と人間臭さを感じるホットな部分が入り交じった素敵な目をしていらっしゃいますよね。
本当に最高の勝海舟でした。

土方さんの洋装は、本当に素敵でしたね(本当にすみません)!
多くの方が語って下さっているので今更語る言葉も見つかりませんが、少しだけ語らせてください(嬉)。
私は「三つ揃い」に弱く、背広に揃いのベストを合わせている人を見ると無条件にお洒落!と思ってしまうところがあります(注:毛糸のベストとかではなく)。
紅い裏地も情熱的でいいですよね!
個人的に、ベストとシャツで腕まくりして稽古する姿に惚れ惚れしてしまいました。以上、失礼しました(笑)。

お琴との別れは(土方らしく)なんとも切ない終わりとなってしまいましたね。でも、彼女の強い意思のお陰で双方踏ん切りがついたのではないでしょうか。
個人的に、5年も待たせた土方にも、京都で名を挙げてからお琴を迎えたいという男の一念があったと思いたいです。
でもやはり5年という年月は長かったのでしょうね。土方への想いを絶った以上、もう時を戻すことはできないわけですから、辛くても賢明な対処だったと思います。
土方も、5年という激動の年月の中に、少なからず自分の中にあったであろうお琴の存在を確かめたかったのかもしれません。再会して、せめて自分の意思を伝えたかったのでは、と考えてしまいました。


そして、永倉と近藤の別れ。
生き別れという事で、死とは違ったやり切れなさが残る場面でしたが、お互いの言わんとする事が理解できたので(不思議と)受け入れることができました。
永倉には指摘するだけの問題点が見えていたし、近藤には公には言えない甲陽鎮撫隊の真相、そして会津藩の足を引っ張ることだけはしたくないという信念があった…。
ただ、こういった問題を解決するには非常に困難な状態だったのかもしれません。
起こるべくして起こった別離と解釈しました。


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21 November

第46話「東へ」

今回も多くの別れがありましたが、やはり一番印象に残ったのは、山崎の死です。
誰にも看取られず、ひっそりと亡くなる姿を見ていると、とめどなく涙が溢れてきてしまいました。そして無言のまま、漆黒の海へ…。
彼らしい、静かな死だったのではないでしょうか。

山崎は大阪に向かう途中に[顔]という監察には致命的な傷を負ってしまいますが、ここで彼らしくもない弱音を吐いてしまいます。今までの彼なら絶対気丈に振舞うはず…それが顔でなければ…この時点で彼は死んだも同然だったのかもしれません。
彼がどんなに監察という仕事に誇りを感じていたか、またそれをどんなに生きがいにしていたか…。
本当に悲しくて悔しくて、やりきれませんでした。

最期船の中、力無く「自分で取って下さい」と言い放つ山崎。この時既に力尽きていたのかもしれませんが、私は「新選組は終わる」と言った尾形に対するささやかな抵抗だったのではないかと思いました。
文句を言わず、与えられた仕事を忠実に、ただ黙々とやり遂げてきた彼にも、他の隊士たちとは較べものにならないくらいの燃え滾る炎のような志があったのではないでしょうか。そんなことを感じずにはいられない最期の言葉でした。

他にもたくさん素晴らしい場面があったのですが、今日は山崎さんのことで、もういっぱいいっぱいです。
山崎の描写全てが、私の想い描いていた山崎そのものでした。そして予想もしなかった最高の最期でした。
こんなにも細部に渡って山崎を描いて下さった三谷さんに感謝しています。

山崎さんを演じて下さった桂吉弥さんも、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

今思い出したのですが、山崎さんは結局満足な治療も受けられず逝ってしまいました…。包帯も巻いてもらえないむき出しの傷が痛々しかったです。
負傷者で溢れ返る船内でろくな治療も受けられない状態だったのでしょう。また、隊士たちも無意識に山崎なら大丈夫と思い込んでいたのかもしれません…が…冷静に考えてみても虚し過ぎます。
今日は彼のことを考えると眠れません。
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